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2012年1月28日 (土)

プログレッシブHDカメラが増えてきたのでAVのカメラまとめ1

ハイビジョンカメラが大体出揃いました。
NHKのドラマでは朝ドラも含め、ほぼすべてのドラマでプログレッシブHDが使われているようです。
独特の暗いにじんだ絵でわかります。
江みたいに明るくも撮れるので、肌やメイクがなじむようわざと粗く撮っているようです。
そういうわけでハイビジョンはただのビデオでなく、フィルムのようにも撮れる幅広いセッティング幅を持った
ビデオカメラになりました。
大体まとめてみます。

かつてスペルマぶっかけ5シャワーズ、なんていう95年の黎明期のころは、
まだハイエイト(Hi8)が使われていました。浅野温子のCMで有名なパスポートサイズというやつです。
エムズのオリジナル処女作もハイエイトです。
1992年、このハイエイトの世界に、変革が訪れてからセルビデオが始まったといってもいいでしょう。
レンタルビデオではベータカムを使用していましたが、村西とおるさんが肩に担いでハメ撮りしていたように、
一人ではオペレーションが難しいカメラです。ケーブル捌き、照明、三脚もちなど2,3名の助手が必要でした。
狭いマンションスタジオでは難しかった。レンズがショートズームでないといけなくて、ショートズームだけでも
キャノンで150万円ほどしたのです。

売れるかどうかもわからず市場もできていないマニアックビデオでは難しい。
足フェチなど、極端なアップも撮れないカメラです。
後述しますが、高いカメラでは被写界深度が浅く、すぐピントがずれてしまうので、
モデルさんも動けないし、ズームも使えない、近寄るとレンズフードで影ができる、ぶれる、と
難題が多かったので、ハンディの小型カメラが必要でした。

そこへ3CCD三版式を導入したVX-1が出ます。
3CCDは取り付けても調整するのが難しく、今は普通に出てますが、
当時はPCもwindows1.0とかいう時代で、調整する機械設備をわざわざ1億以上かけて
SONYが作ったという時代です。
30万という値段だったので、インディーズがとても作りやすくなった。
黎明期のセルAVではほぼすべてこのVX1で作られていたのです。

セルが売れ出した1995年、Hi8が終わりを告げます。
デジタルビデオ(DV)の発売です。テープがHi8のさらに半分になりました。
VX1000が発売されます。
これはデッキ部がDVでしたが、カメラ部や操作部はVX-1のままでした。
乗り換えやすくするという理由だったと思います。
いきわたっていたVX1がある日突然、VX1000に変わりました。
東京のすべてのインディーズ制作業者のみならず、レンタルビデオのサブカメラにも
大量導入されたので、一夜にしてDVバブルが訪れ、この結果、東京からminiDVテープが姿を消します。
そもそもDVへの切り替えは、PCでの編集(当時はマック+プレミア1.0)ノンリニア編集用に
撮影をデジタル化したい、ということでDVになったのだと思いますが、
プレミアが動くマックを買うだけで最低200万円。プレミアが5万円。
テープを無事にキャプチャできれば大騒ぎ。クリップをビンウインドウに並べることができれば
手を叩いて喜んだ時代、だれもノンリニアなんかできなかったので
アナログの人もみんなDVテープを取り合う時代に。

このVX-1000は、松本さんがパンストの反射がきれいに写る、と歓んでパンストのアップに
使っていたのを覚えています。
それまでのアナログビデオと違って、光のコントラストが秀逸で、きめ細かいシャープな映像でした。
レコードとCDの違いによく似ています。
それから10年、2005年ぐらいまで、DVは世界中でメインフォーマットで使われるわけです。

だが95年の夏ごろは、DVショックの影響でどこを探してもテープがなく、金庫に保管しているような
有様でした。価格も一本700円ほどしましたが、誰も気にせず大量に買って取って置きました。
今では考えられないですが、テープがなければリリースができないので、どうにもならなかったのです。

シャープでコントラストの美しいDVはセルビデオとともに進化します。
肩持ちの業務機もベータカムからDVCAMに変わり始めて、ミルキーでも2005年ごろまで使うのですが、
高級機で撮るとザーメンが白く映らず透明に映るときがあり、DMC-02では気づかなかったのですが、
DMC-05などで寄りをとると気になるようになります。
とはいえTVが小さくて、画面も640x480なので特に目立ちませんでした。

2000年ごろにVX1000がVX2000に切り替わります。
このカメラはさらによくなっていて、DMC-23(DMC-06+07)の屋外シーンで使用していますが、
映像がさらに高精細/高コントラストで非常に生々しくて、使いやすくなっていました。
独特のチープさで白飛びするので、DMC-07ではメインの業務機ではザーメンが透明になったけど、
ハンディのVX2000では妙に白飛びして逆に濃く見えたりするシーンがあり、目だったことを覚えています。
高いからといって、いい訳ではないんですが、そのころはほかに選択肢もなかったので、
DMC-18くらいまで大型機を使っています。
2003年にVX2100になって、業務機にもこの機体が導入。
PD-150というシリーズが生まれます。
このときから、SONYの民生機(miniDV)と、業務機(DVcam)
はほとんど違いがなく、頑丈なだけという認識になって行きます。
テープ速度が違いますが、画質にはかわりがありません。

もともと据え置きデッキの民生用DVデッキでも、DVCAMが隠し機能で再生できたので、
かつてのベータのようなことはなかったのか、ベータ1Sが再生できたSONYの伝統なのか
よくわからないのですが、いまだにSDHCに対応したらSDXCにもついでに隠し機能で対応したり、
動作保障はしなくともsxsと同等の機能をSDHC記録に与えていたりするので、
このころからの伝統かもしれません。

VX2100はDMC-14から導入されたと思いますが、DMC-19は全編VX2100で撮影されました。
白い衣装に君島さんの肌も白かったので、あまりVX2100の白とびが出てないようです。
かえってちゃんと撮れたのですが。

大体2000年ごろに(PCに詳しい製作者の間では)
カノープスのリアルタイムモザイク編集ボード、DVRexが発売されたことで
セルAVのノンリニア編集の本格的な運用開始が始まり、DVとカノープスPCで
ワンルームマンションで撮影からモザイク入れまでできてしまうというインディーズAVの
スタンダードが完成します。
ただあくまでPCに詳しい人にしかできませんでした。
windowsXPでなければ落ちまくってだめだったというのもあります。

この手軽さが大量参入を促して、あとでHDへの転換を難しくするのですが・・・

次は、2005年からHDに切り替わった話に続きます。

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