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2013年7月31日 (水)

Salo(無修正版)を見た

海外に行ったとき、DVDを見つけることができて、見てきました。
業界に入ってしまうと、海外に行ってもアダルト探そうとは思わない。
今はネットポルノ全盛なので普通の人も海外に行ってエロ本探したりはしないと思いますが

Saloというのはマルキドサドのソドムの120日の映画版です。
教皇のお膝元でやるとはいい度胸してますが、見事に監督は射殺されてます。

映像としてはエッセンスはいいのだけど宗教と規制で表現がお粗末なもので、
性表現というよりは心理表現とか、舞台的なお芝居を見ているような
映画です。
それでもこの作品はモザイクありだとあまり見る意味がないのです。

古い映画だからカメラワークには70年代特有のドキュメント割が入っています。
サスペリアなんかでも見られるやつです。
唐突な割りとかです。
カメラが大きい時代、取り直し、修正できない時代はいろいろあるのでしょう。

今はフィルムもないし、カメラも小さいので逆に固定カメラをちゃんと取るのが
むずかしい。どうしても手持ちで撮りたくなる。
某国営放送はヘリコプターカメラを今使ってますね。
ああいうジャイロ系のカメラって、ドラマのなかで使うと
不安を煽る映像になるので、使い方が難しい。
AVで使うのは、せいぜい全体の1割とか、一瞬でないと
新技術は使いづらい。

ほとんどの人は使えるから安易に使っちゃいますが。
下手に使うとほかのシーンとバランスが崩れたり、キャラクターが変わったり
音楽を入れなきゃいけないとか、
80年代のアニメみたいにそのシーンだけアニメーターが浮いていて
別のキャラになっていてもいいんだ、的なものが許されればいいのだけど
往々にして監督采配が稚拙なのがAVですから。

言いづらいけど魚眼とか魚眼とか魚眼とか
リングライトとかりんぐらいととかLinglightとか

EOSなんかだと変わった絵が取れたりするんですが、ケープフィアーみたいに
なっちゃいますよ。
AVで使うなら、昔のアートビデオしかないでしょう。
売れるならいいですが。

んで、ソドム120日なんですが、これは日本のモザイクと似たような経緯で
よく知っている人はもう居ないんじゃないかと思いますので説明しますと、

マルキドサドの代表作で、後半は監獄でオナニーしながら書いている
ただのネタ帳になり、取り止めがないのですが
まあよく残っていたなという奇跡の本でして
(内容は調べてください)

これが日本で読めるようになったのはバブル崩壊後のつい最近です。

もともとこれを翻訳しようとした澁澤龍彦先生というのが居まして、
60年代に(悪徳の栄え)をがんばって翻訳したわけです。


ところが物が物だけに検閲に引っかかった。
当時は愛のコリーダで大騒ぎの時代です。

その混乱があったもので、長く澁澤版のソドムというのは有名なのだけど、
やたら薄い。
見てみたら、中身は本編の前書き(設定)だけで
本編はまったくない。
さあいよいよ本編です、というところで終わっている。
この人を馬鹿にした本でさえ、最初は黒く塗りつぶされた文章が多くて、
まさに何じゃこりゃ、の世界であり、
それでしかサドの世界を学生は読めなかった。

それが90年代にサド著作集の完訳がどかんとでて、これがうちの田舎の図書館にも
入ってきて、大変熱心に読んだ
(ちなみに非常に高額な本。日本語訳はこれしかない)
アシで入っていた成田アキラ先生の棚にもしっかりありました。
このシリーズ。

いくつかの作品にぶっかけ描写がちょいちょいとありますが、どっちかというと
乱交でして、ぶっかけというよりギャンバンです。
それよりも、髪コキとか、腋フェチ、足フェチ、服ぶっかけとか、スカトロ、飲尿その系がしばしば出てきます。
アナル(拡張)に対する情熱は並々ならぬものがあります。
18世紀ごろのフランスはつばを吐く以上の侮辱に集団でウンコをひりかけるという行為や風刺もあって、
パリは人糞まみれ、今やっと犬の糞が消えつつあるくらいウンコおしっこの街でありますから、
ウンコを使った倒錯、というのは日本の肥溜め文化より意味が深いです。
19世紀以降の医学を使ったピアシングよりは、AVに近いでしょう。

ソドムは中でも特別なもので、文学訳だったものでこの佐藤版完訳は
脳内でAV補完しながら読まないと、なかなか再現できない。

なにしろ原典がバスチーユ牢獄に隠してあって、もろにフランス革命で焼き討ちされて
サド本人の手から失われて、以後流浪と隠匿のたびに出て、
奇跡的に本になったのが20世紀になってからなので
あっただけでも奇跡であり、
吉田松陰の留魂録が明治20年ごろになって
タイムカプセルのように突然無傷で出現したみたいなすごい部分がある。
サド本人も知らないところで生きていたものだから、
文章になっているかもあやしいレベルなわけです。

そんなわけで最近、新しい訳が出て、これはまさにAV時代の翻訳で、
脳内補完がぐっと減って、読みやすくなった。
これはお勧めです。


サドの時代は宗教禁忌があまりに激しいので、内容はプレイを楽しむというより
とにかく羅列になってしまっていて、女性や男性の反倫理性に
スポットが当たっています。
当時は宗教倫理に反する人格を正当化することが一番のオナニーだったわけです。

倒錯した性プレイというのは、そのひとつの発露として、サンプル的に並んでいます。
それだけ。

すこし古いです。

ただその世界を理解してからSaloを見ても、古いのでの仕方ないですが
予想通りあれれれという勃ちの悪いAV男優の3Pからみを見ているようで
だめですね。

それがミルキーとどういう関係があるかというと、これは
今準備しているDMC26ですこしやってみたのですが、
まあちょっと拾ってみたよという感じです。
ちんこじる娘はさらに日本的にアレンジして入れてます。

サドの作品は
プレイに焦点がない
アンチ教会が焦点で、痛みや死につながりやすく、夢がなく、快楽が対象でない。
フェティッシュにリアリティがない(実際に実験していない。していたとしてもローションやおもちゃもなく環境が古い)
現代的でない。
物がものだけに、文学や思想としてアレンジされてしまう。本来の抜く、という目的が失われている。

そういう欠点があります。

もともとはエロ同人誌に近いものですから、そういう視点で、映像として
私がザーメン、フェチ、に焦点を当てて、このサド思想に基づいて、今
いろいろ作っています。
本当は芸能人を使ってVシネにしたいのだけど、無理ですわな。やっても
本物のザーメンが見たい、とかなるし。

今出しているものとしては、
ちんこじる娘が一番近いです。
これはサド以外にもアニメ、同人誌、自分の作品いろいろなものをアレンジしすぎて判別できないでしょうが
探してみるのもよいのでは。
ちなみに人は死にませんし血も見ません。
サド思想としてはその著作の不満点を取り除いています。
完全に商業思想を廃して、私費ですべて度外視して作っているところも同じです。
その甲斐あって?か、サド作品同様ちんこじる娘は”いわくつき”となりましたので、
今の一連の作品が出終わったら、封印します。

6~7タイトルほどあります。
私費で作っていたので予算がなくなった、ということと
より本格的な映像を必要とする。
演技の限界を超えた
ためにこれ以上は作れないということです。

物としてはDMC26のほうがインパクトあるかもしれないですが、
10時間近い特別なDMCとしてちんこじる娘を捉えて頂ければ、同じです。

これは商売やらマニアックやら、そいうレベルで作ったものでなく、
未来にわたってミルキーキャットがこの日本という世界の端っこの国で
独自の性的倒錯思想を西洋に対してアピールし、
存在した証として残していきたいもの、を志向して作っています。

200年ぐらいしたら(笑)いろんな言葉で翻訳されてアーカイブされるかもしれませんが、
翻訳してもエッセンスが伝わりづらいように脚本を書いています。
それもサド文学と通じるものがあります。
100%理解できるのは、日本語を解する日本の性的倒錯文化を理解できる人だけですが
迫力は言葉がわからずとも十分に通じる。
見れば見るほど深くなる。

そういう物として、作っていくつもりです。

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二巻はもうすぐ発売。
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コメント

いつも楽しく拝見させていただいております。エロも歴史が深いですね。次回の撮影会はいつごろあるのでしょうか?

投稿: 涼 | 2013年7月31日 (水) 20時58分

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